悲喜こもごも

昨夜は数年ぶりに古い友人たちに再会した。2003年頃から始めた不動産投資で知り合った個人投資家の方々。会社員、専業主婦、自営業と職種も年齢も様々だが、アメリカの不動産バブルで夢をみた後にサブプライムローン、リーマンショックで地獄を体験した仲間。

負債を抱えて投資物件を手放し自己破産した人もいれば、億単位のローンを完済した人もいる。リストラで失職したり、病気の伴侶を介護している人もいた。数年に一度消息のわかる人たちだけが集まってファミレスで近況を話す。いろんな苦労はしているが全員無事に顔をあわせることが出来た。大変なのはお互い様だがなんとかしぶとく生き延びている。

経済的負債を苦に死を選ぶ人もいるが、金に殺されてはいけない。金なんて生きていればどうにでもなる。自己破産は人生の最後ではないし、人生に「負け組」なんて無い。自分の投資判断を間違えて一時的に苦境に陥ることはあるだろう。それは反省が必要だが、後悔しても起こしてしまった間違いを覆すことは出来ない。

参加された方の一人は某有名レストランでマネージャーをやっていたが、経営立て直しという名目で新しく採用された上司によってリストラされた。それを友人に話したら1週間後に友人のレストランでマネージャーとして好条件で採用された。そして彼を解雇した上司は一ヶ月後にリストラされた。

人生なんてどうなるかわからない。良い時も悪い時もあるだろうが、良い時に浮かれず悪い時にくさらないことが重要なんだと近頃思うようになった。そしてお金よりも大事なのが友達。ソーシャルネットワークでの繋がりも大事だが、本当に信頼出来る人間関係があれば人生はもっと充実するのじゃないかと思う。

繰り返すが、経済力で人生の「勝ち組」「負け組」は決まらない。人生の最後、死の5分前に今までの人生を思い浮かべて「あぁ、いい人生だった。楽しかった」と思えることが大事なのじゃないか。くれぐれも金に殺されてはいけないのだ。色鮮やかな人生を送りたければ家族や友達を大切にすること、他人を大切に思う自分になれることが大切。そんな人間になれるかわからないけれど努力は続けようと思う。

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老いるショック その後

先日眼鏡店で定期健診。
いつもは眼科の専門医に診てもらうのだが、眼鏡を新調するために眼鏡店で調べてもらう。視力は変わっていないが右目の乱視が進行していると診断される。緑内障による視野狭窄の進行なし。

点眼薬で眼圧を下げているのが良いのか聞いてみると、どうやらそうでもないらしい。もともと眼圧は低いのに緑内障になるのは加齢もしくは遺伝的なものだという説明。自分の場合は極度に眼圧が高かったわけではないので点眼薬はあくまでも現状維持のためだという。

加齢や遺伝によるものであれば仕方がない。右目の視野が狭まっているのは自覚があるが、あくまでも片目で見た場合のみ。両目で見ている限りでは視野は普通のままだ。特に老眼も進行しているので「見えていない」と「見えているのにボヤけている」かは別のものだ。

いままで使っていた眼鏡もそろそろ飽きてきたので、ちょっと変わった眼鏡にしてみた。エルトンジョンのような奇抜なやつではないが、青いフレームにして気分転換。対外的に顧客に会う必要が無い職場なので何をしても基本的には自由なのがありがたい。ついでにブルーライトカット加工もお願いした。これをやると青色を反射するので他人からは青色のレンズに見えるのよね。

バラキンまであと2ヶ月。
トレーニングもこれから過酷になっていく予定。
老いても元気にトライアスロン!

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老いるショック!

視力が衰え始めたのが38歳頃、それまでは左右とも20/20(日本式でいうところの2.0)だった。それまで手作業でやっていたデザインの仕事がコンピューターを使うDTPに移行し、一日のほとんどをモニターを見ることになってから徐々に視力が落ちてきた。もちろん加齢もあるだろうから眼鏡を作るたびに眼科で検査をしてきた。

アメリカに移住してからは予防診療は保険でカバーされるので会社の近くの同じ眼科医院の通っている。今年も仕事の暇なうちに検査を受けようと思い先週の木曜日に仕事を抜けて1時間ほどの検査を受けた。

担当されたのはいつもの女医ではなく、新顔の日系二世の大迫という男性医師であった。いくつかの検査器を使って視力や視野を調べていたのだが、ある検査器で二度同じ検査をした。若干嫌な予感がしたのだが最後に眼底写真を撮影してみると網膜に黒い帯が出ている。

彼は「たぶんGlaucomaだと思う」という。Glaucomaというのが医学用語だとは思ったが意味がわからない。一般的な目の病気といえば白内障と緑内障の二つしか思い浮かばない。彼はスマートフォンを取り出すと何かを調べ出した。「緑内障です」と今度は日本語で教えてくれた。日系二世の医師なので患者の中にはボクのように英語の苦手な人が多いのだろう。

2008年から最後に検査をした2014年のデータを見せながら説明してくれた。最初は視野検査に関して言えば何の問題もなかったが2013年に一箇所、2014年には徐々に見えない部分が大きくなってきていた。今年はその部分がさらに広がっていた。

緑内障の原因には眼球内の圧力である眼圧が高くなり網膜を損傷させるらしいのだが、自分の場合は眼圧は正常だったので遺伝的に網膜が弱いのかも知れないと医者は言う。

ショックが無かったといえば嘘である。緑内障になれば徐々に失明するということはどこかで聞いたことがある。「後はどのくらいの年数普通の生活ができるのか心配だな」などということを考えながら会社に戻った。医師は緑内障の専門医に診てもらうようにと紹介状を書いてくれた。それから酷いドライアイなので1時間に一回は人工涙を点眼しなさいと3種類の点眼薬をくれた。

会社に戻ると今日が締め切りの仕事がいくつかあったので、気持ちを落ち着けながらこなす。少しでも間があけばすかさずネットで緑内障の情報を探す。そのうち緑内障イコール失明というのは昔の話で、今は眼圧を下げたりレザー治療、外科的手術で病状の進行を遅くしたり止めることが可能になったという。ES細胞を使って視神系を再生する研究も進んでいるというので数十年以内に完治するのかも知れない。

Wikiによると「2003年の疫学調査からは40歳以上の20人に1人が罹患しているという結果が報告されている」そうなので、有病率はかなり高い。ただし病気が進行しても自覚症状がない。その理由は「ためしてガッテン!」で詳しく解説されているので参照されたし。自分も今回の診断を受けるまでは気が付かなかった。特に右目が悪化しているので、右目だけで風景をみると若干中央から上の部分にアーチ状に薄い霧のようなものがかかっている。実はその部分は脳が周辺の画像から想定して補正しているというのだ。すごいぞオレの頭脳、勝手にPhotoshop加工しているらしい。

「ためして…」では40歳を過ぎたら5年ごとの検査を進めていたが、できれば毎年受けた方が良いと思う。少しでも早く治療を始めればそれだけ失う視野は小さい。自覚症状の無い病気なので発病してから5年間に進行していた場合、その間に死んでしまった視神系は戻らない。

今回自分の病気を公開するのは、自分と同じように病気が発症しているのに自覚症状の無いまま歳を取って、診断された時には手遅れにならないようしてもらいたい。視力検査だけではなく、定期的に眼科での検査を受けてもらいたいからだ。

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突然の残暑!

暑いですねぇ。

もうすぐ10月も終わりというのに81°F(27℃)ってどうよ?

会社を休んでダイブしたい感じです。

今年は本当に変な気候です。

まわりには風邪をひいた人がぞろぞろおります。

ここ数日の無理なトレーニングがたたり筋肉痛で苦しんでいます。

アホです。

しかし、上半身はまだそれほど痛みがひどくないので

今晩はジムで上半身強化トレをやる予定。

ようやく会社の大きなイベントが終わりました。

こうして仕事の合間にブログも書ける。

11月に予定している帰省にむけて

買い物、観光、食べ歩きのリストアップを始めました。

東京にも二日だけ滞在するので東京スカイツリーを見学に行きます!

楽しみだ~。

田舎で食べ歩きもする予定。

と、ここまでならいつもの帰省ですが

自宅近くのジョギングルート、温水プールなども調べています。

東京のホテルの近くにも公営プールがあるかどうかチェック済み。

ちゃんとトレーニングもやりますよ!

食べた分のカロリーはきっちり燃焼してきます。

これを書いていたら同僚のピーターがやってきて

「明日からマラソン発祥の地で行われる

アテネマラソンに参加するためにギリシャへ行くよ。」

と知らせにきました。

彼は全米50州のフルマラソンを走るという快挙を果たした男なのです。

そして今年ボストンマラソンを走り、このアテネのレースを最後に

フルマラソンを引退して婚活にいそしむらしい。

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デブの逆襲

昨日ランチタイムに馴染みの床屋で散髪。

ヘアスタイリストに「すごく痩せたねぇ」と言われた。

同じ日の夕方久しぶりに遭った同僚からも同じことを言われた。


自分の顔なんて毎日見ているので気がつかないのですが

2年前の写真をひっくり返してみたらなんとふっくらしていたことか。

よくよく考えてみると一時期はベルトの上に腹が乗っていたこともある。

医者からも減量しなさいっていわれた頃だ。

あの頃に比べたら今の運動量は半端じゃないからねぇ。

しかもよく食べていました。

膝をいためて一年くらい走れなかった頃ですねぇ。


これからパーティシーズン気をつけないとあの頃の体型に逆戻りしそうです。

しかも来月は日本へ帰省するので飲み会もあるだろうし、おいしい物も沢山食べたいなぁ。

う~悩ましい。

年を取ってから太るとなかなか落ちませんからね、日頃の節制が大切。

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老人と暮らすこと

現在我が家に義母が滞在しておりまして、とにかく生活のペースが狂っております。

特に週末はトレーニングが出来なくて、ちょっとストレスがたまっております。

義母は八十四歳で嫁の兄家族と東京に住んでいます。

私は十八歳で家を出た後、老人と暮らしたことが無いものですから

全てが初体験。

耳が遠いとか、記憶があやふやでどこまで分ってくれているのか。

しかも方向音痴で我が家のトイレへ行くのも

全てのドアを開けないとわからない。

たまーに実家へ帰ると実兄から

「お前はたまに帰ってきて、数日おふくろの面倒をみるだけだから

本当の老人介護の大変さはわからん」とか言われたのを思い出しました。

いや〜本当に年寄りと暮らすというのは大変です。

もちろん義母は下の世話をする必要などありませんが

食べ物や、ちょっとした外出でも目を離せません。

先週末はPalm Springsへ二泊三日で旅行したのですが

Joshua Tree National Park内で義母を見失い

周辺にいた観光客にもお願いして一時間ほど周辺を捜索したのです。

気温は100°F(37℃)を越えていて、

水もほとんど持っていなかったので本当に心配しました。

幸い無事に義母を発見することができ、

公園のレンジャーや警察の救援を求めなくてすみました。

公私ともに忙しいのでこの事件に関してはのちほど

機会があれば書きたいと思います。

老人と暮らすことって大変なんだなぁと実感。

と同時に子供のいない僕ら夫婦の老後を真剣に考える機会になりました。

義母が日本へ帰るまで後二週間です。

もう一度旅行するのですが、今度は行方不明にならないように

紐をつけるか、GPS発信装置でもつけようと思います。 ←冗談ですってば!

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S君のその後

以前くも膜下出血で倒れた友人の話を書きましたが

その後の経過をお知らせしておきます。

知人からの話では数週間前に退院されたそうで

最初の手術で止血が成功したのですが

脳内にたまった髄液を胃袋にバイパスする

二度目の手術をされたそうです。

まだ若いことも幸いして後遺症も無く回復されたとのことでした。

とにかくこれから新しい家族を守っていかなくてはならない

彼が生還したことを素直に喜びたい。

さて、人間死ぬ時は死ぬ。

いつかは絶対に死ぬとわかっている。

これは避けようが無いのですが

死にたくない時にお迎えが来てしまう。

お迎えを待っているのになかなか来てくれない。

これはなかなか難しい問題です。

「一瞬先がわからないから今を一生懸命生きるしかない」と

思いを定めて生きて行くしか無い。

「どうせ思い通りにならないのなら、楽な生き方を選ぶ」

と厭世的な考え方をすると人生楽しくない。

さて我が身を振り返ると、無駄なことばかりに

大切な時間を費やしているようにも思えるし

ささいな事に四苦八苦している小市民である。

それでも今死ぬ訳にもいかない、やりたい事が多い強欲な性格なのです。

「自分は生かされている」と思えば毎日が感謝するに値すると

わかっちゃいるけれど、なかなか迷い苦しむわけですな。

「だって人間だもの」 みつお

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