宮古島トライアスロン 写真アルバム番外篇

ようやく写真をダウンロードしたので公開します。

まずは今回利用させていただいたペンション華から、洗濯機や物干し場があって便利。
室内に簡単なキッチンか、電子レンジがあったら最高なのに。
オーナーも従業員の方々もフレンドリーで居心地が良かった。
朝食付きを選んだが、ちょっとおかずが少ないかも。
足りない人は近くのスーパーで買い出しをオススメします。
ロケーションはサトウキビ畑のど真ん中なので1日1,100円でレンタカーをすることができます。

ペンション華 広くて快適なホテルでした。キッチンがあったら最高なのに…。

ペンション華、広くて快適なホテルでした。キッチンがあったら最高なのに…。

ペンション華 ホテル内の家具は中華風。オーナーの話し年配の人は中国から家具を買い入れるのが習慣とのこと。台湾が見える宮古島らしい。

ペンション華、ホテル内の家具は中華風。オーナーの話し年配の人は中国から家具を買い入れるのが習慣とのこと。台湾が見える宮古島らしい。

ペンション華 ホテルというよりワンベットルームマンションって感じである。

ペンション華。ホテルというよりワンベットルームマンションって感じである。

バイクバックで担いで旅行。破損はありませんでしたが、アメリカ出国時にTSAが中身検査をおこなったというメモがはいっていました。CO2カートリッジは日本国内は問題無し。日本からアメリカも問題無し。

バイクバックで担いで旅行。破損はありませんでしたが、アメリカ出国時にTSAが中身検査をおこなったというメモがはいっていました。CO2カートリッジは日本国内は問題無し。日本からアメリカも問題無し。

今回の参加記念品はスペシャライズのツールパック。欲しかったのよ!

今回の参加記念品はスペシャライズのツールパック。欲しかったのよ!

ワイドーパーティー おなじみの特大ケーキ。ちゃんと伊良部島が入ってました。

ワイドーパーティー おなじみの特大ケーキ。ちゃんと伊良部島が入ってました。

まだ競技説明会。人が集まってきました。

まだ競技説明会。人が集まってきました。

選手宣誓 宴も最高潮、この時は誰もデュアスロンになるとは思いもしなかった。

選手宣誓 宴も最高潮、この時は誰もデュアスロンになるとは思いもしなかった。

レース翌日、バイクを引き取りに行ったらこんなに泥だらけ。チェーンが砂でザリザリでした。涙 相棒よ、良く頑張った!

レース翌日、バイクを引き取りに行ったらこんなに泥だらけ。チェーンが砂でザリザリでした。涙
相棒よ、良く頑張った!

ツールパック ちゃんとしたツールパックをかうと$10もするのでダイソーで見つけたシェークカップで代用。チューブとCO2カートリッジが2セットは入ります。ということはパンクを2度やってもレースをやりきるつもりだったのです。アホだね。

ツールパック ちゃんとしたツールパックをかうと$10もするのでダイソーで見つけたシェークカップで代用。チューブとCO2カートリッジが2セットは入ります。ということはパンクを2度やってもレースをやりきるつもりだったのです。アホだね。

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宮古島トライアスロン レース写真篇

某公式レース写真サイトから拝借してきました。内緒でよろしく☆
高額な写真代払えないのでごめんなさい。m(_ _;)m

オヤジまだまだ元気でした。www 他の選手のブログをみると日焼け対策をしていなかった人は悲惨な事になっている。曇天だったのですがねぇ、やはり紫外線は怖い。

オヤジまだまだ元気でした。www 他の選手のブログをみると日焼け対策をしていなかった人は悲惨な事になっている。曇天だったのですがねぇ、やはり紫外線は怖い。

たぶん伊良部大橋のテッペン。この時はまだ余裕があって「宮古島サイコー!」なんて気持ちで風景を楽しんでたのだ。

たぶん伊良部大橋のテッペン。この時はまだ余裕があって「宮古島サイコー!」なんて気持ちで風景を楽しんでたのだ。

真っ暗闇の中ひたすらゴールを目指して走っていました。それにしても凄い汗だね。こりゃ脱水症状をおこすわけである。

真っ暗闇の中ひたすらゴールを目指して走っていました。それにしても凄い汗だね。こりゃ脱水症状をおこすわけである。

オヤジの雄叫び、ヤッター!!!

オヤジの雄叫び、ヤッター!!!

ゴール! タイムアウトまで9分を残してゴールでした。

ゴール! タイムアウトまで9分を残してゴールでした。

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旧友J

カナダに住む旧友Jに「今度遊びに行くから会わないか?」とメールを送った。今朝の返信には「2年前に早期リタイアしてエクアドルへ移住した。思った以上に住みやすいから君も来たまえ」と書いてある。

実はボクが海外移住を決めたのが彼の亡父の生き様を見たからだった。1980年代、彼の父親は香港で観光ガイドを生業としていた。日本語、広東語、英語、たぶん北京語も話せたはずだ。中国政府の統治を嫌った彼は1997年の香港返還前にカナダへの移住を決める。1987年だったと記憶している。当時彼は還暦を過ぎていたが家族全員でカナダへ移住した。

その時ボクは何故中国人が祖国を捨てて世界中へ散らばったのか理解した。歴史的に本土を離れた華僑には祖国への執着心が薄い、その時自分たちにとって一番住みやすい場所が彼らの祖国になる。そのうえ60−70年代の文化大革命で多くの同胞が辛酸をなめたので政府を信じていない。

日本人のボクにとってはまさに目から鱗の世界観であった。日本人だから日本で死ぬ必要は無いのである。江戸時代のように海外へ行く事が国禁ではない、自分の住みたいところへ移住すれば良いのだと気がついた。そしてボクはオーストラリアへ移住、そして今はアメリカに住んでいる。老後の予定はまだ未定。

彼も中国人である父親の血を継いだのか、香港、日本、カナダと移住して今度は南米エクアドルである。夫婦でスペイン語を習得中、大きな庭があるので畑仕事で忙しいと言う。羨ましいほどに自由な男である。

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宮古島トライアスロン レース一週間後

レース直後から体調が悪い。
ロングのレース後は免疫力が落ちるのか
風邪をひいたらしく咳が止まらない、倦怠感が抜けない、
夜中の頻尿で3時間おきにトイレに行くので寝不足。

今朝、レース後初めて体重計にのったが
レース前に比べて1キロしか増えていない。
日本滞在中には歯止め無く食べ続けたにも関わらずである。
風邪をひいても食欲があるということは胃は大丈夫。

熱中症の後遺症は2週間から1ヶ月は続くらしいので仕方ないのか?
軽度だと思っていても身体はまだ異常な状態なのかも知れない。
トレーニングを始めたいと思ったがもうしばらく様子をみることにする。

参考サイト:
http://熱中症情報.com/cont1-10.html

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宮古島トライアスロン 反省<熱中症>篇

レースの反省と今後のために熱中症を調べてみたのでここに記載しておく。

参照したページはここ
wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/熱中症
大塚製薬「熱中症の種類」 http://www.otsuka.co.jp/health_illness/heatdisorder/care_01/
かくれ脱水Journal http://www.kakuredassui.jp/whatis1

今回のレース中に体調不良を感じたので調べてみた。
自覚症状は軽い頭痛と立ちくらみ、腹部の痛み、痙攣、息があがる。

原因として思いつくのは、時差ぼけ、睡眠不足、高湿度、給水不足、電解質(カリウムとナトリウム)の摂取不足。

調べてみると熱失神と熱痙攣があてはまる。
重症度分類ではI度なので軽度の熱中症だったらしい。
脱水症状としてはトイレに行く回数が少なかった。
Vinemanではバイク2回、ラン2回だったのが、今回はT2の一回のみ。
「かくれ脱水」と言うらしい。

以下はサイトからの抜粋

<抜粋>

熱中症

重症度分類I度

熱失神
皮膚血管の拡張によって血圧が低下、脳血流が減少して起こります。
脈は速くて弱くなります。
特徴
めまい、一時的な失神、顔面蒼白

熱痙攣
大量に汗をかき、水だけを補給して血液の塩分(ナトリウム)濃度が低下した時に、足、腕、腹部の筋肉に痛みを伴ったけいれんが起こります。
特徴
筋肉痛、手足がつる、筋肉がけいれんする

熱中症の原因
環境

  • 前日より急に温度があがった日。
  • 温度がそれほど高くなくても多湿であれば起こりやすい(なぜなら、汗による蒸散ができず、体内の熱を発散できなくなるため)。
  • 涼しい室内で作業をしている人が、急に外に出て作業した場合(暑さに慣れていないため)。
  • 作業日程の初日 – 数日間が発症しやすい。
  • 長時間にわたる屋外でのスポーツや行動、屋内でも防具や厚手の衣服での行動。

統計的にかかりやすい時間帯は、午前中では10時頃、午後では13時から14時頃に発症件数が多く、季節は梅雨明け後に多い。また、スポーツでは登山、野球が最も多い。学校の運動部活動では野球が最も多くなり、サッカー、テニスの順に多い。

熱中症の後遺症
重度の熱中症になった場合、仮に救命できたとしても、間脳の視床下部に存在する体温調節中枢に永久的な障害を残す場合もある。もしも体温調節中枢に障害が残ると、以後、極端な高温や低温に対する耐性が低くなってしまう。この他、幻覚、視力低下、構音障害(吃り、呂律が回らない)、運動障害、意識障害、肝機能低下、痙攣、等の後遺症が残った例もある。

<抜粋終わり>

対応策としては暑熱馴化があるが、馴化には一週間から十日かかるらしい。
宮古島に入ってからはエアコンを使わず、出来るだけ定時に眠る事、アルコールを控えることを心がけたのだが二日で馴化は無理だったようだ。ましてや干ばつのロスから高湿度の宮古島では体感温度がまったく違う。たとえばロスで気温が30℃に近くとも湿度が50%程度ならば発汗は直に乾燥するので涼しく感じるし、給水さえきちんとすれば熱中症にはなりにくい。

ところが気温が低いにもかかわらず湿度が高いと喉の乾きを感じにくい。発汗しても乾燥しないので熱がこもった感じがしていた。こればかりは体験しないとわからないだろうし、レースの完走率をみても他県から参加した選手には厳しいコンデションだったのかもしれない。

前もって熱中症の知識を知っていればもっと早く対応できたのかも知れない。ランの半分は熱中症を疑いながら走り続けたが、まさかこの天候で熱中症がおこるとは想像できなかった。それにしてもソルトタブレットを携行していたのは幸いだった、これで気温が下がる夕方までしのげたし、夜になって気温が下がってからはいつも通りの走りが出来た。もし自分がもっと若ければ無理をしてガムシャラに加速して悪化、救急車で送迎だったのかも知れないが、そこはオジさんアスリートの粘りと小賢しさでしのげたと思う。www
歳を取る事も悪いことばかりではないな。

今後、宮古島大会のみならず高温多湿地域でトライアスロン、マラソンに参戦する方々の参考になれば幸いでR。

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宮古島トライアスロン 第二ラン篇

第二ラン、走り出すと午後の陽射しが強く感じられた。
しかし、空気は相変わらず湿度が高く午後の苦戦を予感させる。

ガーミンを見るとキロ5分半くらい。
Vinemanの時に比べると脚の疲労は少ない。
バイクで体力を温存した作戦が功をそうしたようだ。
最初の10キロはキロ6分半を目安に走る。

ところが脚は動くのに息が上がる。
そして胃に差し込むような痛みとジワーッと
硬くなるような痛みが交互にやってくる。
こんな感覚は初めてなので走りながら原因を考える。

バイクでの給水が余りにも少なかった。
ひょっとして脱水症なのか?
それとも熱中症なのか?
最初のエイドステーションまで2キロである。
そこまで行けば水も氷もあるのでなんとかなる。

しばらくすると海からの厚い雲が陽射しを遮ってくれた。
日焼けの心配は無さそうだったのでCool Wingsを脱ぐ。
キャップも外す、結局最後まで背中のポケットに入ったままだった。

前を走る選手を見るとシングレットを着た選手は
露出した部分が日焼けで真っ赤になっていた。
陽が出たのはそんなに長くはなかったのだが
紫外線は曇りでもかなり降り注いだのだろう、恐るべし。

それにしても相変わらず息が苦しい。
心拍数を見てもたいした数値ではないのに走り続けられない。
そして一時間が過ぎた頃右脚の梨状筋が攣る。
うめき声を押し殺しながら左肩へ寄る。
しゃがみ込めば右脚もふくらはぎも攣りそうだったので
立ったまま硬直していたらボランティアの女性が
「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた。
当然大丈夫ではない。www

ソルトタブレットを取り出したが水が無い。
道路の反対側にラーメン屋さんがあってその店主が
私設エイドステーションをされていた。
脚を引きづりながらそこまでたどり着き水をいただく。
それでソルトタブレットを流し込み溶けるのを待つ。
よくできたもので1分もかからずに効果があらわれる。

これ以降一時間おきにソルトを摂取しないと攣ることになる。
時々忘れてしまい二度悶絶した。
幸いソルトタブレットは14個持っていたのでラン中に切れる心配はない。

バイク中は特製ドリンクの中に電解質や炭水化物が
入っていたので痙攣は起きなかったのだが、ランでは充分な
カリウムが補給出来なかったのだろう。

息が上がるのも軽い熱中症ではないかと予想できた。
日焼け対策は万全だったのに身体も顔も異常に熱い。
エイドではスポンジで身体を冷やす事、氷をウェアの中に放り込んだ。
喉の渇きが酷かったのだが、エイドではコーラをコップに半分だけ飲み
氷を入れた紙コップの縁を折って走りながら氷をかじった。
これならば水分で胃が重くなる心配は無い。

ランコースは平坦だと思っていたら、
郊外に出ると向かい風に悩まされた。
そしてランの5分の一あたりで先頭集団が復路を走ってきた。
コースを下見していないのでこの先どんな坂があるのかわからない。
大阪のワンコさんから折り返し地点でキツい坂がある
と言われていたので戦々恐々であった。

この辺りになると走っている人と歩いている人が半々程度になってくる。
折り返し地点は島の最東端、まわりはサトウキビ畑。
宮古島名物の「宮古島まもるくん」と「みやこさん」が
ランナーたちを応援していた。
ここで関門があり、タイムアウトまで30分を残して復路。

この辺りで夕暮れ、とはいえ曇天なので綺麗な夕日は見えず暗くなっていくだけ。
ありがたい事に湿度が高くとも陽が暮れると気温は下がって楽になる。
息があがるのも改善されて何とか走りきれるかも?と希望が湧いてくる。
そこで後ろから来た小柄な若い女性選手に励まされた。

なぜだろう、この一言で諦めずに走り続ける事ができた。
この女性には伴走者がいた、若い男性がディパックを背負って
付かず離れず彼女と伴走しているのである。
男性が「あと何キロだから頑張ろう」と励ましているのが聞こえた。

きっと二人ともトライアスリートなのだろう、今回は抽選で
奥様だけが出場することになったのかも知れない。
微笑ましいなと思い、励ましてくれたことに感謝しながら
しばらく併走したが、ボクのペースが徐々に
上がってきたので途中で姿が見えなくなった。
ゴールしてからもあの二人はちゃんと完走できたのだろうかと気になった。

あと15キロを残していたが、以後は止まらずに走り続けられた。
夜7時半、市内へ向かう道の途中でゴールの陸上競技場で
花火が打ち上がるのが見えた。
後一時間、残りは8キロ程度、普段なら何とも無い距離だが
本当に間に合うのか?

沿道で応援してくれる人達が「大丈夫間にあうよ!」と言ってくれる。
脚は大丈夫、水と汗で靴の中はグズグズだがマメができた感じはない。
歩く選手たちを追い抜きながらゴールへの坂道をひた走る。
陸上競技場はサーチライトで昼間のように明るい。

過去二年ここで選手たちを応援して彼らの帰りを迎えてきたが、
今年は初めて迎えられる立場でトラックを走る。
アナウンサーがボクがポスターデザインで三年連続で優勝したと紹介し、
名前を呼ぶと観客から「あいつか!」とどよめきがおきた。www
タイムアウトまであと15分だった。

ゴールでテープを持ってポーズ。
メダルと完走シャツをもらって喜びをかみしめた。
コーラを飲み、宮古そばをいただいていたところで
二度目の花火が打ちあがった。
選手もボランティアも、沿道の応援者たちも
一緒になって楽しんだ一日がようやく終わった。

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宮古島トライアスロン バイク篇

最初のランを終了。
他のアスリートの流れに乗って T1へ。
周りのバイクはすでに出発していた、
さすがに招待選手や海外選手は早い。

ロスを出発する際に雨を予想して
サングラスはレンズ交換できるものを選択、
今回は途中で晴れることを予想してアンバーを使用。
そしてレンズには撥水加工を施しておいた。

ダークスモーク系のレンズを選択した選手が多かったが
コース上にはいくつものサングラスが落ちていたので
暗すぎて外したサングラスをジャージのポケットに
入れたものが落下したのだろう。

ボクはトライスーツにDe SotoのCool wingsを着用。
紫外線対策にはなったが、一度も涼しいことは無かった。
この手のウェアは発汗した汗が蒸発するときに
周囲の気化熱を奪うことで清涼感があると説明しているのだが
今回のように雨中であったり、湿度が90%以上と高い場合は
気化しないのでジメジメと暑いだけであった。

バイクスタートしても雨のまま、前を行く選手のはね上げる
泥水をかぶりながらの走行。
路面標示の上、道路のつなぎ目の鉄板、マンホールの上が異常に滑りやすい。
撥水加工のおかげでサングラスにかかった水しぶきは風圧で流れていく。
他の選手を見ると白いウェアの選手たちは泥水に染まっていく。

走り始めて直ぐにスピードが時速38キロを越える、
しかし先のコースコンデションがわからないので
平均速度を30キロ程度に抑えようとこころがける。

今年からコースに入った伊良部大橋にかかる。
橋の上は遮蔽物が無いので横風に煽られながら橋の中央部の
一番高い場所へバイクを進める。
上り坂だというのに突風に吹かれるとハンドルを持っていかれそうになる。
女性や上半身の力の無い人は辛い坂である。
そして一気に下り坂に変わるが、上下たった二車線の橋である
そのスピード感はかなりのもの、しかも雨と風の中なので下手な操作は命取り。

橋を渡り終えると市街地へ入る、とここで救急車のサイレンが
本島の方から聞こえてくる。
今回のコースでは橋を渡ってから市街地へ入るという箇所がいくつか
あるのだが、ほとんどがT路地なのである。

下り坂で充分に減速していないとコーナーでふくらむ
もしくはセンターラインを踏んで転倒しているらしい。
ある曲がり角で鉄製のマンホールの蓋がコーナーにあってヒヤリとした。
別に上位入賞を目指すわけでは無いので安全運転、転倒しないことが優先である。

100キロまではいくつかのパックが出来ていた。
ドラフティング禁止だが、容赦無い風に翻弄されてなかなかバラけない。
本島のコースばかりを考えていたが、宮古島大会で難関なのは
離島に入ってからだと気がついた。
細かいアップダウンが続くのが辛い。
シクロバイクでノンビリポタリングというのが楽しいコースである。
間違ってもTTバイクで走るようなコースでは無い。

途中12時頃からが雨雲が切れて日が差してくる。
蒸し暑い、このあたりから給水に気をつけて走る。
いや、気をつけていたのだがそれでも脱水症状だったことに気がつかなかった。

雨が降っていたし、ロスのように鼻の奥がヒリヒリと
乾く様な体感が無かったので大丈夫だろうと思っていたのだが
バイクを終えてみると水は最初に用意した3本だけ、
あとはエイドで使った被るための水のみ。
他はエナジージェル3つ、塩羊羹一個、バナナ半分。

島の中には風力発電の実験設備があるほど風が強い場所があり
さらにその周辺は海岸の地形に沿って道が作られているので
狭く曲がりくねった道が細かいアップダウンを続ける。

100キロを越えるとようやくバラけて自分の前後には
ほとんどグループがいなくなる。
それでも坂道などの難所では坂に弱い選手達が詰まっていた。

そして目に付いたのはパンクした選手の多さ。
カーボンホイールの選手のはクリンチャーが多いのだが
みなさんクリンチャーでのタイヤの張替えなど練習していないのか
かなり悪戦苦闘していたようすである。

チームで走っている場合はチームメイトが助けていたが
これは失格の対象ではなかろうか?
タイヤレバーを貸す程度ならば大丈夫だが
チームメイトのタイヤ交換をやってはダメであろう。

これは日本だけでは無いのだが
道の真ん中を走り続ける選手が多くて困った。
左から抜いてはペナルティが課されるのだが
追い越すわけでも無いのに道のど真ん中や、
センターラインを近くを走り続ける選手が多かった。
最初は「左に寄ってください」とか
「右から抜きます」とか声を出していたのだが
後半は面倒になってしまった。
ルールはちゃんと読みましょうね。

一人若い女性選手が下り坂で
スマートフォンで動画を撮っていたのには驚いた。
「危ないよ」と注意したら
「わかっているよ!」と言い返された。
ポタリングならばわかるが、まさかレース中にFBやっているのか?

157キロライド終了、 T2に入ってシューズを交換。
雲の切れ間から強い太陽が射し始めていた。
しかし、海側を見ると黒い雨雲が空を覆っていた。
ランは暑くなるのか?
それとも雨なのか?

ランニングキャップを被り、スモーク系のサングラスに変える。
このレース中で最初のトイレに入ってからランスタート。
今考えるとこれは脱水症なり熱中症を疑ってみるべきだった。
普段ならばバイクで2度はトイレに行っているはずだし、
軽い頭痛と胃痛があったのに甘く考えていた。

この時点でT2の関門があと45分後だとアナウンスが聞こえた。
ここから関門が気になりだす。
バイクで足切りはされなかったが、完走するためには
ランを6時間で走らなければアウト。

脚が売り切れている感じはなかったが
シューズを履いて立ち上がった時にクラっと立ち眩みがした。
単に血流が頭から下がった程度だと思っていた。
そして今までで一番辛かったランがスタートした。

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