また一人逝ってしまった

会社の同僚が逝った。
脳腫瘍だった。

数年前に頭痛と視力に問題があって医者に行ったところ脳腫瘍が見つかった。
直ぐに手術をして半年後に職場復帰をした。
その後健康的な食生活を続けていたし、会社のジムで運動をしているのも何度か目にした。
大好きなチョコレートも出来るだけ食べないようにしていたらしい。

しかし、腫瘍が再発し年が明けてから治療を受けていたと他の同僚から知らされた。
一月程自宅療養を続けていたらしいが、数日前から昏睡状態に落ち昨日亡くなった。

年齢はボクより三つ四つ上だったはずだ。
東ドイツだった頃のベルリンで生まれ、1989年に壁が崩壊した後アメリカへ移住。
東西ドイツ統一となった後も故郷へ帰ることは無かったらしい。
共産主義が嫌いで自分はアメリカ人だと言っていた。
アメリカではグラフィックデザイナーだったが、東ドイツにいた頃はパン屋で働いていたと聞いた。

彼女の死を知らせてくれた同僚が
「最近オレの周りで逝く奴が多いんだよなぁ。
何か不吉な予感がするな。」
彼はボクと同い年、バツイチのアメリカ人。

「オレは迷信を信じないな。
逝く奴が多いなぁって、自分が年を取れば周りも年を取るってことだ。
近頃友達から来るメールは「死亡通知」か「離婚通知」だぜ。
自分だっていつお迎えが来てもおかしく無い年になったってことだろ?」

人間死ぬ時は死ぬ。
どんなに頑張ったって200年生きた人間なんてみたことがない。

どれだけ長く生きたかではなく、
どれだけ意味のある生き方をしたかが重要。
みんなわかっているのだが、そういう生き方をするのは難しいね。

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また一人逝ってしまった」への2件のフィードバック

  1. うーん、僕にも同じ思いがあります。いなくなって初めてその人の価値が分かるって言いますが、ひそやかに生きながらも他人にも良い影響を与えられる人間になりたいです。

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    • 自分的には死ぬ直前に人生を振り返って満足出来たら最高ですよね。
      そして「惜しい人を亡くした」と泣いてくれる人、
      「故人にお世話になった」と思ってくれる人が
      沢山いたらその人の記憶はそれだけの数残されるわけです。
      自分がどれだけ他人にしてあげれるのか、社会貢献できるのか
      それが問題なんですよね。

      いいね

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