さらば相棒

1998年アメリカに移住して2年目に購入した車がこいつでした。
1997年型 ホンダ・アコード・ステーションワゴン

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日本ではもっぱらオートバイを
乗り回していたので自動車には一切興味が無く、
特に東京に住んでいた時には
「東京都内に住んでいて自家用車を持つのは犯罪」
とまで思っていました。

ところがシドニーへ移住すると車が無いと不便極まりない。
生活はできるのですが、買い物や
辺鄙なところへは一切行けない。

1991年、シドニーで最初に買ったのが1979年型 三菱シグマ。
こいつは雨の日に運転していてコーナーでスピン、
民家の庭に突っ込んで大破、廃車。

次に買ったのが1981年型 ダットサン・パルサー・ハッチバック。
こいつは信号待ちで停止中に後方から追突されて大破、全損処理。
古い車でしたが前オーナーがお年寄りだったらしく
程度が良くて好きだったのに…。

そして1984年型 ニッサン・パルサー・ハッチバック。
こいつは事故には合わなかったけれど修理費で
ボクの財布を軽くしてくれました。(涙)
アメリカへ移住する時に売却。

1997年に渡米、知り合いから紹介された人の
リース契約車を引き継ぐという形で1996年型のホンダ・シビックを購入。
そして2000年に嫁がシドニーから合流したのでアコードを中古で購入。

ところが当時の自宅と勤務先が近かったのでシビックを売ってオートバイを購入。
中古のKawasaki ZR7Sという750ccのオートバイで通勤。
楽しかったぁ!

ところが数年後、フリーランスになった途端に
フリーウェーで1時間かかる仕事場になり
オートバイは危険ということでZR7Sを売って車を買う事に。

中古の1991年型 トヨタ・カローラを購入。
これがまた問題多発で頻繁に修理工場に持って行きました。
最終的にはトランスミッションがオダブツ。
修理費が2000ドルかかると見積もりが出たので修理せずに
慈善団体へ寄付しました。

その後、嫁はバス通勤に変えて、しばらくアコード一台で頑張ったのですが
ロスで車が無いのは辛いのと、ボクの通勤でカープールレーンが
一人乗りでも走れる特例を使う為に2006年にトヨタ・プリウスを新車で購入。
これが生まれて初めての新車でした!

プリウスを購入して一年後に転職した職場が自宅から
10分程度の場所に移転、今度は嫁がプリウスを乗り
ボクがアコードを乗って5年たちました。

こうして振り返って見るとかなり乗り換えてきたなぁ。

アコードは合計13年間頑張って働いてくれました。
こいつでアリゾナ、ラスベガス、サンディエゴ、ヨセミテNP、ザイオンNPを旅行。
夏はトライアスロンのトレーニングのために毎週末マリブ往復。
総走行距離は143,127マイル(236,777キロ)でした。

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日中ひなたに駐車している時間が長かったので塗装もはげてきました。

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最後はトランスミッションの問題でフリーウェーで2度停止。
組み直してからもオイル漏れ、エアコンが冷えない
などの問題が多くなってきたので売却となりました。

知り合いの車屋さんへ持っていったら
$1,500で買い取ってくれるというので即決。
日本では信じられないでしょうが、日本車はまだまだ走れます。
彼らも修理して$2,000ちょっとくらいで短期の駐在員などに
売却するのでしょう。

さらば相棒、まだまだ元気でガンバレよ。

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さらば相棒」への2件のフィードバック

  1. 偶然!僕も今の車の前にこのUSアコードワゴンを乗っていました。15万キロまで乗りましたよ。独身から結婚してからととても思い出が沢山の車でした。クルーズコントロールが付いていて便利でした。車高がとっても低いのも特徴ですよね。僕のも塗装が剥げちゃっていましたよ!

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    • オォ!そうでしたか。
      車まで一緒とは偶然が重なりますね。
      しかも腰痛持ちまで一緒とはwww

      この車って乗用車の後ろを伸ばしただけなので車高は一般車と同じなんですよね。この頃って他のメーカーもステーションワゴンを作っていたのに1997年以上は生産終了。今は中古車市場でも人気らしいです。おかげで高値で売れて良かった。

      ホンダの塗装って弱いのでしょうか?
      ボクはカルフォルニアの紫外線が強いのだと思っていました。

      いいね

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